テクノロジーによる教育支援への挑戦

テクノロジーによる学びの支援へのチャレンジについて書いていきます

第1章 Moodleとは何か?

インターネットの普及と教育への活用

インターネットの利用は過去10年ほどの間にコモディティ化(一般化)し、日本における世帯普及率も60%を越し、ブロードバンド利用者も50%に達する勢いです。また、ADSL光ファイバー網の普及や、無線LAN、そしてiモードに代表されるケータイからのアクセスなど、今やどこでもいつでもインターネットを利用できる社会になりました。

そして、「インターネットは教育を劇的に変える」と言われて何年も経ちます。21世紀のキラーアプリケーションは教育である、と20世紀の終わりにシスコのジョン・チェンバース会長は述べました。

それでは、教育機関におけるインターネットの活用にはどのような変化が見られるのでしょうか?ケーシー・グリーン氏率いるキャンパスコンピューティングプロジェクトは、毎年教育機関におけるコンピュータ利用を調査していますが、同プロジェクトの調査によると『これまでの10年間は「模索の時代」であった』と言います。そして、変化を推進した要素の一つが「コースマネジメントシステム」の普及であった、としています。コースマネジメントシステムとは、わかりやすい言葉で言えば、「授業」の単位でWebサイトを運用する仕組みのことをいいます。そして、こうした授業のWebサイトは一般に「コースサイト」と呼ばれています。

コースサイトの普及によりどのような変化が起きているのでしょうか。ニュージーランドの研究者(*発表者は調査中)によると、コースマネジメントシステムの普及サイクルは以下のようになると述べています。

  1. 既存の授業の支援・強化
    • コースマネジメントシステムに教員が教材をアップロードし、学生はいつでも教材にアクセスしたり、グループで課題に取り組んだり、クラスメートや教員とコミュニケーションできるようになる。
  2. 授業設計の改善
  3. 教材の再利用のサイクルができる
    • 数年たつと教材や教授法などのリソースが蓄積されてくる。
  4. 授業設計のリエンジニアリングが起こる 
    • 既存のリソースを活用して教員の授業設計への変化が起こる。
    • 効率を向上させるだけにとどまらず、教え方や評価手法の見直しが起こる
    • 結果として授業設計や、大学におけるカリキュラム設計に変化が現れる

つまり、教育の情報化というと、得てして「教育の効率向上」の側面が注目されますが、それにとどまらず最終的には、授業設計や教授法の再構築が起こる、というのです。

そして、こうした変化を支えるインフラとして、コースマネジメントシステムは大変重要な役割を果たします。上記の変化は、ここ数年注目されてきた狭義のeラーニング、つまりそれぞれの学生や社会人受講生がパソコンに向かって各自勉強するWebベースの学習システム、が与える以上の影響を教育機関にもたらします。

どのようなシステムがあるか

北米やヨーロッパの大学では1990年代後半から2000年初頭にかけて、BlackboardやWebCTなど商用のコースマネジメントシステムが急速に普及しました。これは価格がそれほど高額でなかったことと、各教育機関で開発するよりも低コストでの導入が実現できたためだと考えられます。こうした商用システムはとても高機能ではありますが、Blackboard社のWebCT買収による独占状態の出現、そして価格高騰懸念などから、昨今はオープンソースのコースマネジメントシステムへの期待が高まっています。とりわけ、アメリカの有名校が参加するSakaiプロジェクトとオーストラリアのMartin Dougiamas氏をリードデベロッパーとするMoodleが多くのユーザを集めています。

コースマネジメントシステムで何ができるか?

  1. アカデミックポータルサイトの構築
    • 大学の各部局からの連絡
      • 休講・教室変更・学生呼び出し・就職支援・図書館・その他附属機関からのお知らせ
    • 行事予定
    • 各種コミュニティ(グループ)の情報提供やコミュニケーション支援
  2. コースサイト(授業単位のWebサイト)の提供
    • 教材の掲載・編集・アクセス制御
    • コミュニケーション(チャットやBBS)
    • テストやアンケート
    • グループワーク

などの機能が殆どのコースマネジメントシステムに搭載されています。

商用システムとオープンソースCMSの2005年現在での違いは、

  • デザイン性
    • 商用システムはプロのデザイナーを起用しており、インタフェースデザインが洗練されている)
  • 管理機能
    • コースサイトの一括作成や一括登録、教務システムとの連携インタフェースなどの機能については商用システムが充実しています。
    • ですが、Moodleなどある程度の開発者コミュニティを有するソフトウェアでは急速に不足している機能の追加やバージョンアップが行われているため、早晩同様の管理機能を搭載することになると予測されます。

などがあります。

Moodleを利用するメリット

  • ユーザの利用環境に合わせて改変・拡張が可能である
    • Moodleオープンソースライセンス(正確にはGPLライセンス)で配布されています。オープンソースであることにより、たとえば、各国語の法律や運用ルールに合わせて設定項目を調整したり、文字コードの変換処理を調整することが可能です。商用ソフトの場合にはこうした対応をベンダーに依頼しなくてはいけない、もしくは改変するとサポートの対象外となってしまうことがあります。
  • 無償で利用できる
    • 世界的に教育機関を取り巻く財政状況は厳しいものがあります。とりわけ、日本では少子化が進み入学者の逓減が見込まれ、年々厳しい状況にあります。こうした状況下であってもMoodleは無償で利用できますし、また何台でもインストールすることが可能なため、最小限のコストで導入・運用することが可能です。また、サーバ運用をする管理者がいない環境であってもホスティングサービスなどを利用することで運用することが可能です。
  • コミュニティの存在
    • Moodleには非常に活発なユーザコミュニティがあります。とりわけ、Using Moodleというサポート用のフォーラムでは日夜その活用法や運用法について盛んに議論が交わされています。また、日本語で情報を交換するJapanese Moodleという日本のユーザコミュニティもあります。困ったときにこうしたフォーラムで相談したり、また自身の経験をフィードバックすることができます。こうしたコミュニティの存在もMoodleの魅力です。

などのメリットがあります。

問題点

  • 責任を持って不具合に対応する機関が存在しないこと
    • 商用ソフトの場合には、ベンダーにバグフィックス専業のエンジニアがおり、日夜不具合の修正をしています。また、トラブル発生時に責任をもった対応を依頼することが可能です。ただし、時間当たりのコストがかかってしまいます。
  • プロジェクトの安定的な発展と存続が保証されないこと
    • 何らかの事由により、開発活動が存続できなくなった場合やプロジェクトが解散してしまった場合に、環境変化に応じた改善やサポートが受けられなくなることがあります。しかし、吸収や合併が頻繁な現代にあっては商用ソフトであったとしても同じようなリスクを抱えています。

今後の課題

最初の方でも述べたように、コースマネジメントシステムはインフラにしか過ぎません。しかし、その導入によって生じる変化や、教員や教育機関の教育プログラムの改善を図るプロセスをどうやって上手に支えていくか、ということは、各教育機関にとってとても重要なミッションです。

こうした取り組みにおいて重要なポイントをいくつか挙げておきます。

  1. コースマネジメントシステム導入の意味や意義、これから起こる変化を権限者に正しく理解してもらうこと
    • 理解を得られないと支援をするインフラや人材を継続的に確保することが叶いません。
  2. 教員の利用を継続的に支援する仕組みや人材育成を図ること
    • 海外の教育機関では大学に限らず、ラーニングデザイナー、インストラクショナルデザイナーと呼ばれる専門職員を配置しています。
  3. 全学的に利用しても安定して、かつ安心に利用できるシステム運用のノウハウや、人材育成
    • システムが不安定になるようだと利用が伸びません。

また、今後は高等教育機関だけではなく、生涯教育や初中等教育の分野においてもこうしたツールの有効性が認知され、普及することが予測されます。とりわけ、初中等教育機関においてはシステム運用に充てられる人材や予算に限りがあるため、円滑な導入や運用のための支援の工夫が求められます。